刀豆ナタマメ協会 Sword bean association
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■ 日本人伝統の食文化となた豆 ■
『篤姫』の原作や赤穂浪士討ち入りの史料に記載があるなた豆は
すべての日本人に知ってほしい伝統的な食文化
鹿児島大学教授 原口泉
篤姫のふるさとには独自の食文化があった
 私は平成20年のNHK大河ドラマ『篤姫』の時代考証を担当させていただきました。ドラマをご覧になっている方はご存知のように、幕末から明治維新の動乱期を生きた主人公の篤姫(天璋院)は、薩摩藩に生まれました。
 薩摩藩のほとんどを占める現在の鹿児島県は、篤姫の生まれた江戸時代から、個性的な食文化を持っていました。たとえば、豚肉です。江戸時代は獣肉食がタブーとされていたといわれていますが、薩摩藩では豚肉が普通に食されていました。
 またニンニク、ニラ、ラッキョウ、ネギといった臭いの強い野菜が好まれていたのも、薩摩独特の食文化の一つといえるでしょう。このほか、全国的にも知られているサツマイモ、さつま揚げ、芋焼酎など、薩摩ならではの食材も豊富です。それに対して、かつては常食されていたにもかかわらず、現代では忘れられかけている食材もあります。「なた豆」もその一つでした。
ドラマ『篤姫』にも登場した「なた豆」
 なた豆は大河ドラマ『篤姫』にも登場しました。肝付尚五郎が、初めて江戸に旅立つとき、なた豆を贈られるというシーンでした。なた豆が上のほうから実り始め、だんだん茎のほうに帰ってくることから「旅人などの無事の帰着を祈る」という意味がこめられているのです。
 肝付尚五郎はその後、小松帯刀と改名し、ドラマの後半では重要な役割を演じます。帯刀とは太刀を意味する言葉で、なた豆のことも、その刀のような大きさと形から帯刀、それが訛って、タッパケとかタッワケとも呼ばれます。なた豆が、ドラマの准主役と同じ名前だというのは、なんとも不思議な縁といえるのではないでしょうか。
 ドラマの原作である宮尾登美子さんの『天璋院篤姫』にも、「『旅に出るときはタッワケ(なた豆)を食え』とか、『タッワケを持たせよ』の習慣にも耳を傾けなければならない」という記述があり、なた豆が縁起物としても珍重されていたことがわかります。
なた豆の若いさやは漬け物にして食べる
 なた豆は成長するとさやの長さが30〜40cmにもなりますが、江戸時代には、おもに若いさやを味噌漬けや粕漬けにして食べていたようです。もちろん、このような食べ方は現代にも伝えられおり、タッパケ漬けなどと呼ばれ親しまれています。
 漬け物といえば、なた豆は福神漬けの材料の一つにもなっています。
 福神漬けは七福神になぞらえ、大根、白瓜、ナス、レンコン、シソの実、ショウガ、なた豆という七つの材料が漬け込んだものが正式です。ただし、ほかの野菜に比べ、なた豆は生産量が少ないので、現代の福神漬けには、なた豆が少量しか含まれていない可能性があります。
赤穂浪士が討ち入り前になた豆を食べていた!
 さて、赤穂浪士の吉良邸討ち入りといえば、日本人なら誰でも知っている歴史的事件ですが、四十七士が討ち入りの前に、なた豆を食べていたという新史料が2002年に発見されています。討ち入りが行われたのは、1702年(元禄一五年)ですから、ちょうど300年後に見つかったわけです。
赤穂浪士が討ち入り前になた豆を食べていた!  堀部安兵衛のいとこにあたる佐藤條右衛門一敬という人物が著した『浅野内匠頭殿御家士敵一件 佐藤一敬覚書』という文献で、佐藤條右衛門は討ち入りに同行して、その様子を詳しく記しています。
 なた豆については、討ち入りの前日、堀部安兵衛の仮宅に同士が集まり、安兵衛の養父、堀部弥兵衛の妻が自宅から持参したなた豆を切ったものを、一同で食べたと書かれています。おそらくタッパケ漬けだと思われますが、討ち入りを前にして、闘争心を鼓舞する意味があったのではないかと考えられます。ではなぜ薩摩の独特な食材であるなた豆を、赤穂の志士が知っていたのでしょうか。
食文化を知ることでなた豆がもっと身近に
 調べてみると、薩摩藩と赤穂藩はとても深い関係にあることがわかりました。薩摩藩家老の種子島久基と赤穂藩家老の大石内蔵助は山鹿流兵学を修めた同門です。
 そのよしみで、参勤交代の際、種子島久基は赤穂に立ち寄り、大石内蔵助宅をひんぱんにおとずれ、食膳の接待を受けたという口承もあります。
 もともと薩摩藩の兵学は甲州流ですが、そこに種子島久基は山鹿流の考え方をずいぶん持ち込んだと考えられます。その証拠に、久基が当主であった種子島の赤尾木城は山鹿流の築城術で建てられているのです。
 また種子島久基は近世の日本で初めて、種子島にサツマイモを普及させるなど、食の研究に熱心でした。そんなことから、なた豆のことも、縁起物的な意味も含めた食文化の一つとして、赤穂の人たちに伝えられたのではないでしょうか。
 最近、なた豆は栄養成分が豊富な体によい食材として注目され、医師や薬学博士などによる研究も行われているようです。なた豆のことをもっと知ってもらうためには、それも大切なことですが、食というのは体によいから食べてみたいと思うだけではないでしょう。
 なた豆のさまざまなエピソードを知ることによって、薩摩の人だけでなく、すべての日本人に、なた豆はいっそう身近なものになると思います。
原口泉(はらぐち・いずみ)
鹿児島県生まれ。東京大学文学部卒業、同大学院修了。現在、鹿児島大学生涯学習教育研究センター長、同大学法文学部教授。
NHK大河ドラマ『翔ぶが如く』『琉球の風』『篤姫』の時代考証を担当。薩摩藩を中心に幕末・維新史を研究。鹿児島県シニア食育アドバイザーを務め、日本の食文化にも造詣が深い。
掲載協力 : 『はつらつ元気』2008年11月号(特別付録)

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