[鹿児島特産品のお知らせ]
豊かな土と水にはぐくまれた なた豆のふるさと 鹿児島県吉田町
- ■どこにあるの?どんな町?
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鹿児島市吉田町は鹿児島県の中部にあり、東に赤崩火山峰、西には花尾山や雄岳などの諸連峰がそびえています。まるで田舎のおばあちゃんの家に遊びに来たかのような、日本人の原風景といえる景色が広がる、自然に恵まれた吉田町。
「初めて来たのになつかしい」――そんな感想をもらす人も少なくないそうです。思川・本名川・稲荷川という良質の水源にも恵まれ、吉田町の人々は自然に抱かれてゆったり暮らしています。吉田町は人口1万人ほどの、のんびりとした田園風景が広がる小さな町です。平地部は約3割に留まり、残りの7割は傾斜地か山間部であるため、山に囲まれた町というイメージを受けます。町に住む人の多くは農業で生計を立てており、野菜や米づくりを生業としています。鹿児島のシラス台地というと、やせた土地という印象を持ってしまいがちですが、吉田町はシラスの下には吉田貝層と呼ばれるミネラルたっぷりの地層がひかえているため、土地は肥沃で農業には最適といえます。
また、吉田町は昔から雨の多い地域としても知られています。さすがに屋久島ほどは降りませんが、錦江湾の水蒸気が雲となり、吉田町を見下ろすようにそびえる諸連峰に当たり、大量の雨を降らすのです。雨水はシラス台地にしみこみ、吉田貝層で天然のミネラルをたっぷり吸収して、やわらかなおいしい水となり湧き出します。肥沃な土地とよい水に恵まれた吉田町で育った野菜や米には、食べる人を元気にする自然の栄養がたっぷり含まれているのです。
雄大な活火山・桜島が目前にそびえる県都鹿児島市
田園風景が広がる吉田町
- ■町の沿革と特産品
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吉田町は、もともと「古代大隅州吉田院」と称していました。源平時代は一時、源為朝がこの地を治めたこともありましたが、ついで大隅国分八幡宮の神領となり、吉田清道の領地となった後、永禄5年(1562年)には島津氏が吉田を治めるようになります。明治22年、市町村制の実施に伴い吉田郷を吉田村と改称、昭和47年11月には町制施行により吉田村を「吉田町」に改称し、役場庁舎を現在の位置に移転したそうです。
その後、平成5年夏に大水害により大きな損害を受けたものの、全町をあげて復旧に取組み飛躍的な発展につなげました。平成16年11月1日に1市5町(鹿児島市・吉田町・桜島町・喜入町・松元町・郡山町)と市町村合併に伴い鹿児島市となり、「吉田町」としての長い歴史に幕を降ろしいまに至ります。<参考:吉田町ホームページ>
- ○特産品
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吉田町は県内有数の新鮮野菜の産地です。キュウリ・チンゲンサイ・レイシ・なた豆など、年間を通してさまざまな野菜づくりを行っています。取れたての野菜は県内だけでなく、首都圏をはじめ、各地に出荷されています。
なた豆
- ○名所・旧蹟
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女山滝 / 吉田松尾城の堀切り(空堀) / 寺前の五輪塔と宝塔 / 宮之浦三重石塔 / 田之神石像(東下) / 牟礼谷の牧神 / 興化寺跡の五輪塔 等
- ■シラス台地と吉田貝層(吉田貝化石層)
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シラス台地とは、火山の噴出物(火砕流堆積物)が堆積した土壌であり、水はけがよいのがその特徴といえます。稲作には向きませんが、鹿児島特産のサツマイモや桜島ダイコンなどの農作物の栽培には大変適しています。吉田町の土地の上部はシラス台地ですが、その下の地層には「吉田貝層」と呼ばれる約20万年前の化石層があり、100種以上の貝化石のほか、藻類、サメの歯、カメの甲羅などの化石が見つかっています。全長40cmにもなる薩摩なた豆をはじめ、吉田町の農作物が大きく立派に育つ秘密はそこにあります。吉田貝層に含まれる、カルシウム・マグネシウム・鉄や亜鉛などのミネラルが、農作物によい影響をもたらすのです。
近年「吉田貝層」は鹿児島県の文化財に指定されました。
ミネラルを豊富に含んだ吉田貝層






